メイン

 近鉄奈良駅から徒歩五分、三条通りを渡ってもちいどのセンター街のアーケードに入る。奈良で最も古い商店街の一つであるそこは異国語も多く飛び交う賑やかな場所だ。地域密着型のラジオ局や可愛らしいセレクトショップ、長い歴史を感じるブティックや飲食店も並んでいる。 そこを抜けると時の流れは穏やかなものに変わる。江戸時代以降に建てられた町屋が多く残る街並みがそう感じさせるのだ。遠くには洋風のアパートが見えるし、町屋の隣に一般住宅も建っている。アスファルトの道路には車も走っているが、全てが違和感なく隣り合っている。それが、タイムスリップしたような懐かしさと新しさが混ざり合った不思議な雰囲気をはらんでいるのだ。

 ならまちでは、毎年六月一日から一ヶ月間「にゃらまち猫まつり」が開催される。期間中は様々な店舗が趣向を凝らした猫愛で参加者を迎えてくれるのだ。猫をモチーフとした雑貨、スイーツはもちろん、アクセサリーの制作や着物の着付けなどの体験型イベントもあり、様々な人が楽しめるイベントだ。



 築九十年程の町屋の前に手作りの小さなバス停と待ち合い席がある。時刻表には開店から閉店までの時間と定休日が書いてあり、とても洒落ていた。入り口近くにも二人掛けの待ち合い席、下駄箱が並ぶ。靴を脱いでから中に入ると、よその家にお邪魔するような、何度も訪れたようなしっくりした心地がする。店内にはカウンターの席と、庭に面した畳の席の二種類がある。二階にものんびりと足を伸ばせる絨毯の席があり、そこでは個展が開かれたりもする。にゃらまち猫祭りの期間は、猫にまつわる限定メニューや個展が開催される。私がお邪魔した時には猫にまつわる絵本の展示やフランスのお菓子、雑貨の販売をしていた。

にゃらまち猫祭り限定メニューの「しろねこちゃんのミルクセーキ」と「うちのこシフォンケーキ」

 ミルクセーキの甘さはとてもシンプルで、上に乗ったアイスがアクセントになっている。シャリシャリとした感触のアイスは昔懐かしいような、素朴な味わいだ。セットの猫型クッキーもとても可愛い。シフォンケーキはマスターの愛猫、白黒はちわれ猫のごまめちゃんと茶トラのきなこちゃんをイメージしており、二種類の生地がミックスされている。こだわりの生クリームに添えられている二切れのバナナが猫の耳のようでとても可愛らしい。しっとりとした生地とアイスクリーム、生クリームの相性は抜群だ。 よつばカフェのメニューは、素材に特別なこだわりがあるわけではない。その分たくさんの手間と時間、愛情がかけられている。まるでタイムスリップしたような町屋のカフェで、美味しくて愛らしいメニューを堪能してみてはいかがだろうか。

よつばカフェ
0742-26-8834
営業時間
11:00~19:00 LO 18:00
定休日 水曜日

 美容院照実は、もちいどのセンター街の隣の筋、一つ路地に入った先にある。ならまちで三十年以上続いている歴史ある美容院だ。ここではにゃらまち猫祭り中、顔に猫を模したメイクを施す体験型のイベントを開催している。この猫メイクを求め、枚方や和歌山から足を運んできた人もいたそうだ。オーダーする猫は、店内にある猫雑誌の中から選んだり、自身で持ち込んだ写真を見せて行う。私は家で飼っている愛猫の写真で猫メイクをオーダーした。サバ柄はち割れの女の子だ。まずは、店主手作りの猫耳を頭に留め、イメージを作っていく。バスマットや針金に布を張ったものなど素材も大きさも様々で、印象はがらりと変わる。

 耳を決めると、いよいよ猫のフェイスペイントが始まる。一度顔を白く塗りキャンバスを作ってから猫の顔と人の顔を比べ、毛色が変わる場所を見極めるのだ。そこから、オーダーされた猫の毛色を塗っていく。目の淵のギリギリまで塗り上げると、少し濃い色の筆で猫の毛並みを表現する。そして、ピンとしたヒゲやむにむにとした口元、ややつり上がった目尻も書き上げていく。
 完成した猫メイクは、まるで二次元と三次元の中間のようだ。

美容院照実
0742-27-3769
営業時間
9:00~18:00
定休日 火曜日・第3水曜日

 にゃらまち猫祭りは今年で十二回目を迎える。その始まりは「田舎出張料理うと〇うと」が始めた作品展示だった。そこから近隣の店舗やアーティストに輪が広がり、今では参加店舗は四十を超える。それぞれの店舗で猫にまつわる取り組みを行い、梅雨で客足の遠のく六月のならまちを盛り上げよう、という町おこしである。ところが、メディアが取り上げたにゃらまち猫祭りのイメージは、本来の姿とのズレがあった。路地裏にいる猫が与えたイメージは「ならまちには野良猫がたくさんいて、皆で可愛がっている」「野良猫たちを率先して育てようとしている人たちが暮らす地域だ」といったものだった。すると「飼えなくなった猫を捨てても大丈夫だ」という間違った考えを持つ人が現れてしまった。
 そのイメージを払拭するため、昨年は「猫の終生飼育」をテーマに掲げ、猫祭り参加店舗に愛護団体が保護している猫のパネルを置いて里親を募集した。今年は熊本地震で被災したペットや保護施設の手助けをするため、ポストカードの販売や募金箱の設置を行い、チャリティライブも開催した。
 ならまちには、猫祭りに参加していない個人や団体で猫の避妊手術、保護活動をしている人もいる。ただそれは街ぐるみの活動ではなく、あくまで猫好きな人が多く住んでいる地域、といった程度なのだ。皆で猫を愛していこう、と一致団結しているわけではないし、猫祭りがメディアに取り上げられることを快く思わない人がいることもまた事実だ。

 ただ、猫をテーマやモチーフにして商売をしている人や、猫祭りに参加している人が猫の幸せを望まないわけがない。「可愛いだけではない命を、最後まで幸せな状態で全うさせてあげることが飼い主としての責任。猫祭りを通してその手助けをしていきたい」と、実行委員の入江祐司さんは語ってくれた。

PAGETOP