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石塚洋史

「今日はカキフライです」

「誕生日おめでとう」
二つ上の兄の誕生日、石塚先生はメールを送った。すると、兄から返事が来る。
「今日はカキフライです。」
なんだか変な返事だ。けれど次第に、とても大切なことを表している言葉だと思うようになった。
先生の兄は普通のサラリーマン。普通の家族、普通の暮らし。映画や写真といった、芸術の道に進んだ先生とは、正反対の人だという。
先生は高校生のとき、周りの生徒たちのレベルの高さに圧倒され、絶対に勝てないと思っていた。ただひとつ、これなら負けないと思ったのが、映画だった。そして、映画という、芸術の道に進むことを決めた。
そんな、20代の頃の先生は、普通の仕事をして、普通の家庭を持ち、普通の暮らしをすることに反発していた。そんな退屈な人生は嫌だと、少しバカにしているところもあった。
今、先生は芸術を仕事にして、わかったことがある。それは、普通の仕事をしている人たちがいて初めて、芸術家は働けるのだということだ。普通の仕事があるから、衣食住が賄われて、芸術に目が向けられる。普通の暮らしができない世の中では、芸術の仕事はできないのだ。芸術のような、何かを創作する仕事は特別で、他より偉大だと思いがちだ。しかし芸術家は、普通の人たちの偉大さを忘れてはならないと先生は言う。
大切な家庭があって、誕生日に自分の好物が食べられる幸せは、ありきたりでつまらないのだろうか?いや、実はとても尊い、敬うべき幸せなのではないか?
「今日はカキフライです。」は、芸術家として忘れてはならない、普通の人の偉大さを再確認する言葉だ。

福井康雄

生物は、それぞれの種が自分の論理で生きている。

福井先生が生物の研究に興味を持ったのは、高校生のとき。所属していた生物部で活動するうちに、海の生き物のおもしろさに惹かれていった。
大学生になると、本格的に生物の研究をするようになった。先生の大事な言葉は、大学時代の恩師、日高敏隆先生が、よく言っていた言葉だ。「生物は、それぞれの種が自分の論理で生きている。」なんだか難しい言葉だ。しかしこの言葉は、生物を研究する上でとても大事なことを表している。
生物の生態や行動を観察するときに、人間の論理や考え方、見方で、その生物を理解しようとしてはいけない。生物はそれぞれが、それぞれに最適な生き方や行動をしている。
研究するときに大切なのは、人間の目線で生物を見るのではなく、その生物の目線に立って生物の世界を見ることなのだ。
先生は大学時代からカニの研究をしている。和歌山の白浜にある臨海研究所で、一年ほどを過ごした。研究所から海が見えて、夜には波の音が子守唄になるほど海の近くだった。毎日、海に通っているうちに、岩陰に隠れているカニに興味を持った。同じカニでも、種類によって生態も行動も異なる。このカニはどんな世界に生きているのだろう?考えるとますますカニが好きになった。
自分の研究は、人に役立つものではない、と、先生は言う。人のためではなく、ただ、その生物が好きで、その生物のことを深く知りたいと思う気持ちが、研究心を駆り立てる。
人は無意識のうちに、自分たちが生物の中で優位に立っていると思いがちだ。しかし、生物はそれぞれ住む世界が違うから違う生き方をしているだけで、本当は上も下もないのだ。いろいろな生物がいるというおもしろさ、素晴らしさを、今日も先生は学生たちに伝えていく。

髙橋睦

「私の狂気は君たちの神が保証してくれるという訳だ。 君らの神の正気は一体どこの誰が保証してくれるのだね?」(漫画「HELLSING」より)

高橋先生は、幼い頃からアニメや漫画が大好きだ。一人っ子だった先生は、一人遊びをするときに、よくテレビアニメや特撮ヒーローものを見ていた。小学生になると、漫画を読むようになった。先生は、漫画を表紙買いすることが多い。自分が好きと思う画があるのだという。
漫画「HELLSING」も、そのひとつだ。作者の平野耕太さんの画力が、人々を魅了する。画から伝わる迫力に、圧倒された。登場人物も魅力的だ。悪役・少佐が主人公に言い放つ。「私の狂気は君達の神が証明してくれるという訳だ。君らの神の正気は、一体どこの誰が証明してくれるのだね?」おれは悪者だけれども、では君たちは正しいのか?と問いかける。先生は、自分が何か行動するとき、自分の考えややり方がいつも正しいとは限らないという事を、忘れないようにしている。
漫画には、正義の味方と敵対する悪役が登場することが多い。幼い頃は面白いというだけで見ていた作品も、今になってみると、悪役にも人生があり、いろいろな事を背負って生きていることに気づかされる。すると、もっとその物語が面白くなる。
先生は、アニメや漫画の世界に魅せられて、クリエイターになった。
定年退職のない業界で、ずっと現役でいるために、決めていることがある。それは、好きなものを好きでい続けることだ。好きでいることにはパワーがいるから、と先生は言った。しかし、先生の〝好き〟のパワーは、これからもずっと変わらず、みなぎっているように思える。

三林京子

空間把握

役者に欠かせないのは、空間を把握する力だと言う。舞台上の限られたスペースの中で、どれだけのことができるか。それが、演技にも関わってくるからだ。
「舞台上では全てが丸見え。表情も身体も立ち振る舞いも、頭のてっぺんからつま先まで隠すことができない。その役者の人生や生き方、生活習慣までもが見えてしまう。だから恐ろしいんですよ」。つまり、日常の過ごし方が演技に現れるということだ。普段姿勢が悪い人は、舞台上でも姿勢が悪い。逆に、普段から美しい動きを意識している人は、舞台上でも美しい。
今、自分がいる空間、見ている空間を把握する。そして把握したことを言葉で表現する。それがいかに大事なことか。
例えば、雨が降っている。「雨が降っているなあ」だけでは、ただ見ているだけだ。雨はどんなふうに降っていて、自分をどんな気持ちにさせるのか、それを表現すること。それが、見るということだ。「ただ見えるのではなくて、考えて見る。ただ聞こえるのではなくて、考えて聞く。考えて何かをすることが、空間を把握するということなんです」
今の若者はとても損をしていると感じることがある。若者たちにとって、スマートフォンは、無くては生活できない必需品になっている。自分の知りたいニュースや場所が、ピンポイントで素早く調べられる。便利な機能は、人々の暮らしをどんどん楽にしていく。
「しかし、それは逆に、自分の知りたいことしか知ることができないということじゃないの?」例えば、新聞を読んだら、知りたいニュース以外にも勝手に目に飛び込んでくる情報がある。すると、「お、これはなんだろう?」と、もっと知識が増える。そうして自分の空間が広がる、そう力説する。
私たちは、「スマホがないと生活できない」とよく言うけれど、もし本当に無くなったら、どうするのだろう。新聞を見たり、辞書を引いたり、地図を調べたり、面倒なことをするだろう。でもその面倒臭さはきっと、私たちの空間を広くする。取材を終えて、そう思った。

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